じぶんのできること。
朝っぱらからガシャンという嫌な音がした。
親父が食器を割った音だった。
割った本人は飄々としていて謝りもせず、冷蔵庫を漁っていた。
その光景に呆れながらも片付けているのは、母親だった。
じつは昨日も同じことがあった。
親父から言わせると、普段は母親が食器を洗っているから(*1)たまには、という気持ちだったんだろうが、
結局は母親の手を焼かせているんだから、それは「余計なお世話」というものではないだろうか。
勝手の効かないことは、できる人に任せておけばいいのだ。
部屋がその人の「聖域」であるように、台所だってその場所で主に料理をする人の「聖域」であると思う。
道具も冷蔵庫の中身も、その人の使いやすいように配置してあるはずだ。
だから、自分から見ると親父のこの行為は善意でもなんでもなく、他人の聖域を荒らす最低な好意としか受け取れないのだ。
自分も以前はよく「余計なお世話」をする人間だった。
自分の場合は、自分が大嫌いだから、こんな自分に付き合ってくれている他人に何かしてあげたいと思うことが理由であった。
しかし、それによって結果的に他人に迷惑がかかっているのを知ると、本当に申し訳なくなってきたと同時に、そんな自分に対して苛立ちを感じるようになった。
・・・今では自分の立場をわきまえているつもりである(*2)。できることは手伝うし、できないことは「できない」とはっきり言っている。
このように、最近は顔も見たくないくらい本当に親父がウザく感じてきた。もはや「反抗期」のレヴェルを超えていると思う。
しかし、そう思われても仕方ないような節もいくつかあるのだから、それはしかたないだろう。
昨日だってそうだ。
「部屋でラジオ聞きながら勉強してるから」と言って部屋に入って、勉強を済ませて「マル天」を聞いてたら、突然親父が部屋に入ってきて、
「あーここラジオ良くはいるんだなー」なんて大声で話し出した。様子を見るに特に用事はないらしい。
しかし、こっちはラジオを聞いてるわけで・・・。
「あーそーだよ」なんててきとーに返答して、早く出てってくれオーラを出していたのだが、空気の読めない親父は、
「そういえば無線LANのスイッチ入れたらノイズ入るって言ってただろ?どれだけノイズ入るか試していい?」なんていい出してきた。
だから、こっちは「デビルBOX」のコーナーを聞いてるわけで・・・。
「いや、いま聞いてるんだけど・・・」と返答しても聞く耳を持たず、部屋を出ていったかと思うと、突如としてけたたましいノイズが。
部屋でAMラジオを聞くと無線LANが酷く干渉して聞こえなくなるので、いつも無線LANのスイッチを切っていたのですが・・・。
またいつのまにか部屋に入ってきた親父は、「あーほんとに酷いんだなー」なんて笑いながら言って戻っていった。ノイズは切れた。
・・・本当に呆れた。人の答えを完全無視ですか。これは第三者的に見てもウザがられて仕方ないと思うだろう。
しかし、自分はそこでキレたらどんな行動をとるかわからないので、てきとーに突っぱね返すことにしている。
どこぞのゲームの主人公曰く「その場のテンションに流されない」というやつだ。
しかしその代償としてたまっていくストレス。このところの体調不良はストレスが原因ではなかろうか。
親父がウザく感じる、というのはすでに医者にも話している。
そのときはウザく感じる程度だったので、先生も「反抗期ってやつでしょ」ということだった。
しかしそれが存在を否定したくなるほどのウザさであったら話は別である。
今週もまた医者に行くので、そのときに相談してみようか・・・と思っている。
日記的なものは特に書くことはなし。家で勉強したり、ネットで頼んだまんがを読んだり・・・。
暗い話で申し訳ないです・・・。今日はそれしか書くことがなかったのでね。